2010年8月18日水曜日

読後感想文―「路傍の石」山本有三



次野先生の言葉

「愛川、おまえは自分の名まえを考えたことがあるか。」
「・・・・・」
「ああ、自分の名まえはどういう意味を持っているのか、おまえはわかっていないのじゃないのかい。」
「・・・・・」
「おまえは作文にでも、習字にでも、自分の名まえだから書くんだって気もちで、
たいして考えもせずに、ただ愛川吾一と書いているが、名は体をあらわすというくらい大事なもので、
吾一というのは、容易ならない名まえなんだよ。」
「・・・・・」
「吾一というのはね、われはひとりなり、われはこの世にひとりしかいないという意味だ。
世界になん億の人間がいるかもしれないが、おまえというものは、いいかい、愛川。
愛川吾一というものは、世界じゅうに、たったひとりしかいないんだ。どれだけ人間が集まっても、
同じ顔の人は、ひとりもいないのと同じように、愛川吾一というものは、この広い世界に、
たったひとりしかいないのだ。」
「・・・・・」
「(中略)―死ぬことはなあ、愛川。おじいさんか、おばあさんにまかせておけばいいのだ。
人生は死ぬことじゃない。生きることだ。これからのものは、何よりも生きなくてはいけない。
自分自身を生かさなくってはいけない。たったひとりしかいない自分を、たった一度しかない人生を、
ほんとうに生かさなかったら、人間、生まれてきたかいがないじゃないか。」
「・・・・・」
「わかったか、愛川。先生はおまえに見どころがあると思えばこそ、こんなに言っているのだ。
おまえは自分の名にかけて、是非とも自分を生かさなくってはならない。
おまえってものは、世界じゅうにひとりしかいないんだからな。
―いいか、このことばを忘れるんじゃないぞ。」


黒川の言葉

「確かに、いい修行をしたのだ。人間はな、人生というトイシで、ごしごしこすられなくちゃ、
光るようにはならないんだ。」
「・・・・・」
「『かんなん、なんじを玉にす。』へこたれちゃだめだ。くよくよするんじゃないぞ。」




じいやの言葉

「辛抱するんだよ。つらくっても、我慢しなくっちゃいけないよ。」


「働くってのは、はたをらくにしてやることさ。」
ほかの人が言ったら、だじゃれに聞こえそうなことばが、このじいやの入れ歯の間から出てくると、
なんか、しみじみとした響きがあった。
「ああ、そうなんだよ。働くと、―はたの人をらくにしてやると、自分もきっと、らくになるんだよ。」


「おまえさんは若いんだから、うんと働かなくっちゃいけないよ。
働いてお金をどっさり、ためるんだよ。若い時、骨おしみをしちゃだめだ。
―そうだね、おまえさんが出世をしたいと思ったら、みんなが仕事をはじめる前に、
仕事をはじめるんだよ。そうして、おしまいの時は、みんながすっかり手を洗っちまうまで、
仕事をやっているんだよ。これが出世の秘伝だよ。金もちになる奥の手だよ。
どうだい、わかるかい。」




「もう泣くんじゃないよ。泣いてなんかいないで、早くそうじをやりかえなくっちゃだめだよ。
―さ、涙をふいて。涙をふいて。わしもいっしょに手つだってやるから。」
吾一はくやしくって、くやしくってたまらなかった。
自分でしたのでもないのに、自分のせいにされてしまい、そのうえ、いやというほど、
なぐられたのだから、彼はもう、そうじのやりかえなんかする気がなかった。
じいやに言われて、彼はしかたがなしに、石油カンから石油をあけてはいたが、
石油の色さえ、涙で見えないくらいだった。
「辛抱するんだよ。我慢しなくっちゃいけないよ。」
じいやはほやをそうじしながら、いつもの口調で言った。
「おまえさんが水を入れたんじゃないことはわかっている。そりゃ、
だれかがいたずらをしたのに相違ないさ。だが、それは、だれがしたの、かれがしたのなんて、
考えるのはつまらないことだよ。そんなことは、こちとらのやる仕事じゃない。
こちとらは、ただ働きさえすりゃいいんだ。あい手がまちがっていても、
口ごたえをするんじゃないよ。くやしくっても、言いわけをするんじゃないよ。
いくら言いわけを言ったって、言いわけで、ランプはともりっこありゃしない。
こちとらの仕事は、ランプそうじだ。ランプがくもらないようにすれば、それでいいんだ。
泣くんじゃない。泣くんじゃないよ。
―いいかい。何ごとも辛抱するんだよ。黙って働くんだよ。―」



小説・路傍の石は未完で終わってしまった。
愛川吾一という極貧の家に生まれた幼い少年を主人公として
厳しい境遇を耐えに耐え忍び、苦学をしながら、まだまだこれから彼の未来が待っているその瞬間に
突然ぱたりと終わってしまった。
小説の話の途中、次のページへとめくると、そこに「ペンを折る」と題する文章があった。
作家である山本有三が、これ以上書くことはできない、と断筆を表明したものだった。
昭和15年。
戦中戦後のことで、検閲が激しいなかでの執筆、そして断筆への決断だったようだ。
「ペンを折る」のなかで山本有三は「切腹にひとしい気もち」と書いていて
わたしの胸にも無性に悲しさが込み上げてきた。彼を思うと泣けて仕方がない。
この小説で彼が表現したかったものが、戦争という暗い時代によってごっそり奪われたのだ。

「ふり返ってみると、わたくしが『路傍の石』の想を構えたのは、昭和十一年のことであって、
こんどの欧州大戦はさておき、日華事変さえ予想されなかった時代のことであります。
しかし、ただ今では、ご承知のとおり、容易ならない時局に当面しております。
(中略)もちろん、あの作そのものが、国策に反するものでないことは、
わたくしは確信をもって断言いたします。
資本主義、自由主義、出世主義、社会主義、なぞがあらわれてきますが、
それを、どう扱おうとしているものであるかは、あの作を読めば、だれにでも、
すぐにわかるはずです。今日の日本は、あの作の中に書かれたような時代を通り、
あの作の中に出てくるような人たちによって、よかれ、あしかれ、きずきあげられたのであって、
日本の成長を考える時、それはけっして無意味なものではないと思うのです。」

「もし、世の中がおちついて、前の構想のままでも、自由に書ける時代がきたら、
わたくしは、ふたたび、あのあとを続けましょう。けれども、そういう時代がこなければ、
あの作は路傍に投げ捨てるよりほかはありません。」


戦争の馬鹿野郎。
もし戦争に姿形があるならば今こそ力いっぱい殴りつけたい気持ちだ。

ともあれ、これは本当に胸に迫るものがある話だった。
タイトルとなった「路傍の石」。
幼く貧しい吾一は路傍の石のようにいつも誰かに蹴飛ばされてしまう。
だけど、そんな路傍の石ころを、こんどは別の誰かがうんと励ますのだ。
次野先生や、黒川や、じいやのような人が、負けるな、生きろ、と彼を励ます。
そうやって吾一は歯を食いしばりながら前へ上へと成長していく。
「かんなん、なんじを玉にす。」

ほんとうに、そうですよね。
わたしも腹を決めてがんばろう。

1 件のコメント:

  1. 若いころ「路傍の石」を読みました。内容はすっかり忘れていましたが、今ここで出会うことができ、興奮とm感激でいっぱいです。ちからをもらいました。ありがとう。

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